昭和49年1月5日 朝の御理解


 御理解第49節 「信心は相縁機縁」

 信心はまさしく相縁機縁である。不思議なまでのご縁である。昨日、善導寺の久保山先生のところの帰幽日でしたから子供達から孫達まで皆集まっておる。(?)私と久保山先生との出会いというものは私、久保山先生の、遠い親戚に当たります、善導寺におられます、(?)お参りをしてくる、私がここから帰ってくるたんびに、その方のうちにお話に出させてもらう。
 たまたま、久保山先生がその家に見えておった。難しい、あの人、難しい話をするというような風にして聞いておられたのだと思うのですけれども、私は一生懸命にお話をする。それを聞くともなしに聞かせて頂きいておって、はあ、この人なかなかよか事をいいなさるといったようなことが私と久保山先生との出会いでした。それがまあ縁です。機縁といえば本当に機縁です。そしてまあ、いうなら、椛目時代にね、段々人が助かってくる、私も段々おかげを頂いてくる。この合楽にまいります前まで、まあ、その当時は金光教神愛会という宗教法人、そういう看板の元に人が助かっておった。
 ですから、まあいうならば、一つの新興宗教の一つという風に見られておった。ですから一つのささやかながら教団です。ですから、先生が亡くなられる時に頂きました、元の、「金光教神愛会教官」という意味のことを頂いた。というような教官的な立場で、いうなら重きをなしておられるそういう信心。勿論、一家挙げての信心があり、関係の方達が信心をさせて頂くというようにまあ、いわゆる、合楽のいわゆる教徒として、または、信者としても一番提灯としてのおかげを頂かれるまでに信心が進展していった。その間に、もう本当にまた、おかげも受けられた。様々な間一髪というところに様々なおかげを受けてこられて亡くなられる、そして今日に至っておるわけです。必ずしも先生の信心が、先生の心のように意思のように、それが継承しておるとは思われない。
★昨日、神様に御礼を申させて頂きましたら、御心眼に雨傘を上にパーとこう開いた所を頂いた。いうならば信心の徳というか、いわゆる安心のおかげというようなおかげを受けておられた。ところがね、ポーとこうあげて、上のほうがあがってしまう。まるで、こう、傘が上の方へ丁度あの、風にあの、風、傘のようなもの、それで、それがとれてその竹の枝を杖にしておられるという風の感じのお知らせであった。どういう事かというと、「此の方の道は病気直しや災難よけの神様じゃない、心直しの神じゃ」という風にこれは四神様の御教えですけれども、お互いが、やはり一つの難儀、または、困った事と人間技ではどうにも出来ない、神頼み、いわゆる悲しい時の神頼み的なところから、大概の者が信心にはいるのです。そしておかげを受けるのです。これは機縁に始まるのです。だから。そこで、いよいよ相縁になるという事は本当に金光様の信心者、信奉者としての、おかげが頂けれるいうなら、本格的な金光様のご信者という事が、なる、なろうとこう意欲するところから相縁が生まれてくると思う。
 昨日、御挨拶が済みましたから皆に私がお話をさせて頂いた。不思議な(?)段々おかげを頂いて、そして今日に至っておる。例えば、お供え一つでも本当に目にあまるそれこそ、真心の思いのたけをお供えに現しておるような感じ。御承知のように大変甘い物がお好きであったが、特あの、久留米の市長であるなんとかという、(?)何かのあのパンが大変お好きだったんです。あんこの入ったパン。あのパンのお供えがお三方一台それこそ、高く盛ってあった。それまたその横には様々な甘納豆、先生のポケットにはいつも甘納豆がはいっておるというくらいに甘納豆が好きだった。もう甘いものに目がなかったというわけです。お父さんが好きだったからというわけなんです。それから非常にあの、たくさんは召し上がらんけれども洋酒が好きだった少しだけ。それにはあの、(?)もうこれは、洋酒では世界一と言われる洋酒です。
 それに盛り合わせて黒松白鹿がこれはもう日本の酒というなら超特級の御酒ですし、菊正と方を並べる御酒なのです。黒松白鹿のお供えがあっておる。その事を頂くのですね。これは、(?)といいますね。黒と赤のレベルがありますが、(?)いわゆる黒、(?)最高の有り難き勿体無きの、しかも黒だという事です。それは修行だという事です。ね。和子さんはあの、お知らせに浅草のりをあぶりましたら香りが出ますよね。そういうお知らせを頂いた。あれはこれもやはり、「色は黒ても浅草のりは米のまんまの肌をまく」といったような詩がありがすがね、やっぱり最高の黒です。それこそ本当の意味でのままになる為の苦労なのです。
 してみると教祖様が仰る信心させて頂くものは一生が修行じゃと、ね、それはきちっとこう言葉できりをつけるほどしの事ではないけれども、お互いの信心が機縁によって信心が始まる。不思議な縁によって、信心が始まる。その始まる時にはほとんどの人がです、まず病気治し災難よけの神であり、商売繁盛の神様なのですから。
 ね。そこから、段々おかげを頂いていわゆるその一生が修行じゃと仰るその修行がおかげを頂く為の修行であったのがです、ね、はあ、金光様ちゃ有り難いばい、教えば、なら久保山先生が、あの、実さん和子さんが東京に行っとる時に、もうそれこそご理解をもう本当に親の思いちゃこんなものだろうかという、ずっと書いてそれを一冊の手帳にしたり、便箋に書いたりしてその実さんに送って、和子さんに送ってある。それを全部ここにかえってきてありますけれどもね。
 もう子供達も信心の有り難いことをしっかりして、銘々子供達に信心をいうならば継承が出来たかに見えた。ところがならまあ、言葉でいうとなら、いうならそういうおかげが頂かれるというそのおかげから入った子供達です。ね。例えば信心というのはお道の信心というのは金光大神お取次ぎによってもうこれは本当に誰でもがさせて頂かなければおられんのであり、しなければならない信心なのだ。それはしかし、相縁機縁という相縁になってそれが初めて分かるのであり、それがまた、感じるのである。
 ただおかげという時にはもうおかげが受けられない、自分の思いとおりならんと信心をスパッとやめてしまうという結果になる。なら、長男の今茂さんの場合なんかそこを通ってあるのです。だから久保山先生が本当に長男の茂がお参りせんからと言うて、嘆きよりなさるかというのじゃなくて、もう長年の信心の神様の間違いなさというものを確信しておられる修行なのです。ね、今茂はああなんだけれども、神様の御都合なのだと。そこにはなるほど、不行き届きであった事をお詫びしなければならなかった事。いうならば、傘のいうならばパーと上に跳んでしまったようなことになったのだけれども、その傘の杖をついてという事は、神を杖についていけば楽じゃという信心になっておられる。ね。木や竹は折れる。神をね、神を杖につけば楽じゃという。その神を杖についての信心修行がなされていっておるというわけである。いうならもうその事はどうでもよい。もうおかげになることを確信しての修行である。そういう修行に進んでおられんだという意味のご理解を頂いて、そのご理解を私が伝えさせて頂いておりましたら、久富先生が後ろからそれを聞いておられた。そして、これで済んだら、すぐおかげを頂いて、親先生今日のご理解はもう久富一家に頂くご理解でしたとこう言われるのです。ね。
 なら、子供達が信心のあるものもなかつもおる。とくに教師まで拝命させて頂いた弘道なんかは現在いうならば教職を投げ打って他の仕事をしておるといったような状態にあるのです。けれども、久富先生としてはです、もう、あれ達がおかげを受ける事は信じて(?)はあ、あれたちが信心になるごととか、あれたちがおかげを受ける事の為に今信心修行があっておるのではない。
 昨日、たまたま、神愛会でしたから色々とお話をしておるうちに弘道さんの事が話にでて、何の事からだったでしょうか、末永先生がそれこそ、ブラジルあたりにでも布教をさせて、という例えば一つの昨日のご理解でいうならばね、「成すといえ成し得ぬ条件恩恵のなくば成し得ず何一つして」という昨日のご理解、教主様のお歌を頂いたのですけれども、そのブラジルにいくならブラジルに行くだけの条件が段々足ろうてきた。もうこの人ならばどこにおいとっても大丈夫だと、師匠が思うくらいに段々信心が進んできた。だからまた、本人もどこにでも(?)言われるところならいこうというだけのものが出来てきたというお話からでした。
 あの、久富先生、弘道さんがアメリカかハワイかに出したらよかろうと言う話しが出たのです。そしたら、久富先生が、ハワイどんなら私がついていくというようなお話です。そして、あちらには弘道の為の叔父叔母がおって、あんたがた大体不精者すぎじゃけん、ハワイあたりの、寒もなからな暑もねえちうごたるとこへ、そげな事仰います、私だけ不精じゃなかて、家内達が、家内が不精もの。だから子供達が皆母親に似とるというような面白い話まで出たのですけれども、確かに、久富一家はハワイあたりにでも布教をしたらよかろうというような話しにまでなったのですけれども、そういう、意味の事をもうある意味、確信しておられるという事ですね久富先生は。その過程だ、その条件が今、出来ておるのだという事です。
 久保山先生の御霊様でもそうです。ね。今まではいうなら安心ということじゃなくて、安心感くらいなものだった、これからは本当の意味合いにおいての安心を頂く事の為に、傘の枝をついての信心修行。いうなら、神を杖についての信心修行がいうならば有り難い信心修行がこればもらわんならんけんどうぞどうぞという修行ではなくて、ね、いわゆる、一生が修行じゃという高度な信心修行に進んでおられる。
 私久富先生のそのお届けを聞かせてもらいよって、これはなら、秋永先生だってそうだ、本当のこついうたら私だってやっぱそうなんだ。なら、合楽でいうならば神様の間違いなさというか、体験を沢山頂いて神様の間違いなさといったようなものを体験しておる方達の場合なんかは確かにそういう修行に入っておられるんだと。言えれるような感じがする。先日も安東さんがお参りして見えた時に頂いたご理解なんですけれども、今度安東さん達夫婦の修行は、本当の信心修行だと。
 これはどうぞおかげをいただかなんならんからというての修行はいうなら息子の勇次君が今年は承るようなもうそこに、信心がきておるというご理解を頂く。両親は本当の意味においての信心修行。今までは両親はもう苦労きついだからの修行であった。けれども、今年からはもうそのおかげを受けなければならんからの修行はもう息子に譲ってしもうてあなた方夫婦はいわゆる本当の信心修行、もうそういう意味なんだ。なら久保山先生の御霊様なんか本当の意味においての信心修行が出来ていっておるというそこからはじめて相縁と言う事になってくると思うのです。もう切ろうとして着られない、ね、いわゆる降りなもの、払うことの出来ない事。いうならもう信心が血に肉になってしまうもの。
 それが私は相縁だと思う。信心は相縁機縁、まず機縁からお互いの信心が始められる。そこから相縁としての本当の意味においての信心修行が成されてくる。そこからです、私はいうならば、信心は見易いものと言うことになってくるでしょうし、有り難いものになってくるでしょうし、それをあの世にももっていきこの世にも残し、もう確実に残して置けれる信心がそこから生まれてくると言う風に思いますね。
 ご理解49節は、これは始終苦というのですからね、一生が修行と頂くべきだと思うのです。一生が修行のただおかげを頂かんならんからの修行にもし終止するとするならば、もう、あなたの信心は本当の信心じゃないという事になる。誰しもいわゆる機縁によって繋がってそこからおかげを受けなければならん。どうぞある意味においては災難よけである、病気治しである、有る場合には商売繁盛の神様であるというような神様からですいよいよ心直しの神じゃという風に進んだ時の信心修行がいよいよ尊いものになってくる。いわゆる本当の意味においての相縁によって、結ばれてくるところの信心が出来るわけですよね。